続・リスプの思い出  「時間ですよ」というテレビ・ドラマを、ずうっと昔、 TBSでやっていた。 今は亡き向田邦子さんも「時間ですよ」の脚本陣に加わっていたと記憶する。 舞台は、御存じ、森光子扮する「おかみさん」の切り盛りする松の湯。 この銭湯の番台から、 天地真理や浅田美代子などの「アイドル」たちが生まれていった、 というのはいうまでもなかった。 「時間ですよ」は、 それに続く郷ひろみと樹木希林の「ムー一族」、 小林亜星の「寺内貫太郎一家」などとともに、 「ドラマのTBS」を支えた屋台骨の一つであった。 もう一つの屋台骨は、 僕が思うに、 「それぞれの秋」に代表される木下恵介シリーズではないか。 その他、「胆っ玉かあさん」などの平岩弓江ドラマも賑やかであった。 「ドラマのTBS」の伝統は、現在では、 「ふぞろいの林檎たち」などの山田太一脚本のドラマに続いているが、 しかし、いかんせん、山田太一ドラマは、 フジテレビにもNHKにも、それぞれのかたちで花咲いている。 「時間ですよ」は、「魔法使いサリー」ちゃんほどではないが、 何回か再放送されている。 再放送を見るたびに、不気味さの度合を高めてゆくのが、 毎回必ずある、あの食事シーン。 大きな四角いお膳を囲んで、十人近い家族やら従業員やらが夕飯を食べている。 ところがなぜか、皆、お膳の向こう側に座って、 こちらのテレビ・カメラの方を向いている。 この奇妙な映像を逆手にとったのが「家族ゲーム」であったのは、 いうまでもない。 「時間ですよ」はVTRドラマであった。 何回か生放送もあったと記憶するが、 VTRでも生でも、 テレビのカメラがスタジオのセットを映し出すというのは同じである。 その特徴を並べると、 鮮明な映像、 浅い焦点深度、 奥行のないスタジオ・セット、 影のない明るいシーン、 よく知っている俳優や歌手たち、 感度のいいスタジオ・マイク。 このようなVTRドラマに対局するのが、 映画会社製作のフィルム・ドラマである。 その代表としてあげたいのは、 日本テレビと石原プロの「太陽に吠えろ」、 また、朝日放送と松竹の必殺シリーズである。 フィルム・ドラマの特徴は、 少しかすれた映像、 深い焦点深度、 ロケもしくは屋外セット、 光と影のあるシーン、 若干なじみの薄い俳優たち、 アテレコ。 そして、ほとんどのアメリカからの輸入ドラマはフィルム・ドラマである。 例えば、「刑事コロンボ」、「刑事コジャック」、 「ロックフォードの事件メモ」。 なぜ、こんな話をしているのか。 原稿用紙埋めの必殺の高等技術か。 単なる個人的趣味か。 いや、違う。 それは、つまり、 日本とアメリカのシーンの違いというのは、 一言でいえば、 VTRドラマとフィルム・ドラマの違いではないか。 と、アメリカを旅する中で、 その殺伐とした、広いだけといってもいいような、 アメリカの巨大なパラマウントな映像と、 遠く離れた日本の「時間ですよ」の映像が、 僕の脳裏の中で、大いなる戦いを繰り広げていたからである。 そう、アメリカ。 それは、リスプの国でもあった。 ガイ・スティールに会う。 日本では、Steele という綴りからか、 シュティーレと発音する人が多い。 彼は、いわゆる「プレッピー」と呼ばれる人種に属するのだろうか。 プライベート・スクールからハーバード。 短い髪と髭のないすずしげな顔。 中肉中背、といっても、185はあるだろう。 いつもネクタイを気にする紳士。 本棚に妻と子の写真。 すべてが意外であった。 こういうハッカーもいたのかと思う。 しかも、ハッカーズ・ディクショナリーの著者が、である。 いや、日本にもいる。 僕も一人だけ知っている。 栄光学園から東大。 短い髪と髭のないすずしげな顔。 中肉中背、といっても、175はあるだろう。 いつもネクタイを気にする紳士。 本棚に妻と子の写真、はまだないが、 いずれ、美しい妻とかわいい子供の写真が、 彼のオフィースの本棚の、 例えば、UNIX4.4BSDの前に飾られるのかもしれない。 目の前のこの青年が、 コモン・リスプ、またの名を、シュティーレ・リスプの親玉なのか。 そんな思いが駆け巡る中、 彼は、その優雅な微笑を終止忘れずに、 静かに語り続けるのであった。 場所は、シンキング・マシンズ社。 ボストン・ケンブリッジのハドソン川に近いビルの六階。 そのビルを出れば、 外は、木枯らし吹き荒ぶボストンの風景であった。 というのは、実はウソ。 その日は、なぜか、三月の小春日和の暖かい日であった。 まるで、ガイ・スティールの人柄のように、か。 スコット・ファールマン。 縮れた顎髭と、小さな、しかし、人の心を突き刺してくるような鋭い目。 少し出た腹。 そして、パークが二台。 ここは、ピッツバークのカーネギー・メロン大学の彼のオフィース。 カーネギー・メロン大学のコンピューター・サイエンス学科のビルのオフィースは、 壁が内装されずに、白いブロックがむき出しになっているのが特徴である。 この学問の若さと力強さを、万人に誇示しようとしているのだろうか。 きれいに整理された棚に、スパイス・プロジェクトの論文とマニュアルが見える。 彼もまた、コモン・リスプのデザイナーの一人であった。 ファールマンはその若干かん高い声で語り続ける。 外は、四月なのに雪が吹き荒れている。 それは、過酷なピッツバークの冬が、 自分の存在を極東からの訪問者に忘れさせまいとして、 わざと居直り続けているかのようであった。 冬から夏へ。 三時間の誤差は劇的であった。 そこには、夢にまで見た、カリフォルニアの青い空。 はっきり言って、こんなところに一年でも暮らしたら、 絶対に馬鹿になる。 しかし、実際は、 この青い空の下で、 数々の新しい概念が生まれ、そして、実践されていった。 いったい、この青い空の下で何が人々をして、 そのような冒険へと駆り立てるのだろうか。 いや、この青い空は、 そのような冒険へと自ら突き進んでいった人々に与えられた、 数あるご褒美のうちの一つなのかもしれない。 それを、フロンチア・スピリットというのか。 この青い空を見るたびに、 人々は、新たな冒険へと旅立つ勇気を与えられるのだろう。 ああっ、また文学的になってしまった。 リチャード・ゲイブリエル。 これは一目でハッカーとわかる。 めがねと髭と長い髪。 この春のうららかな日に黒いセーターを着ている。 一見、人好きの悪そうな態度。 しかし、計算機の話になれば何年でも話し続けそうである。 ここは、ルーシッド社。 コモン・リスプのベンチャー企業である。 えっ、どこにあるのかって。 サンフランシスコ (の近く) に決きまってるだろ。 すぐそこに、サン・マイクロシステムズもある。 とまあ、そんな旅からかえって、日本で再び、考える。 かつて、世の中のプログラミング言語は、 大きく二つに分かれるといわれた。 一つはリスプ、 もう一つは、リスプ以外のすべての「その他の言語」。 しかし、リスプは、それほどまでに特異点なのだろうか。 確かに、二進木リストによる記号処理能力、 強力な自己参照能力、変数にタイプがないということ、 再帰をベースにした関数型言語であること。 それらは、リスプと「その他の言語」を大きく隔絶せしめていた。 しかし、リスプの持ついくつかの機能が、 広く一般的になり、また、 リスプの方も、実用的な言語になるために、 その特徴のいくつかを犠牲にして「その他の言語」の特徴を移入していった結果、 リスプと「その他の言語」の溝は、次第に埋められようとしている。 その極め付けが、コモン・リスプ。 マック・リスプやコモン・リスプにおける型宣言の導入はその一つである。 これによって、リスプでも、 フォートランと同程度の高速のプログラムを作ることができるようになった。 しかし、これは、両刃の剣だ。 速度を気にして型宣言を入れつつ行うコーディングと、 型のない言語におけるコーディングとは、けっして同じではない。 いや、コーディングというより、プログラミングやアリゴリズムまでも、 大きく変わってしまったりする。 つまり、遅くてわかりやすいプログラムと、 速くてごちゃごちゃしたプログラムというのは、 プログラム変換のようなきれいな形で、 スムーズにつながっていることもあるが、 大きな断絶があることも多々あると思うのである。 そして、ひとたび効率という甘い蜜を与えられてしまうと、 速さがすべてだという幻想に犯されてしまう恐れがある。 コモン・リスプによって、 リスプの一つの時代が終ったという気がする。 リスプのれい明期が終り、 それとともに、リスプの持っていたロマンも消えた。 このやるせなさ。 それは、コモン・リスプのせいか。 それとも、このような原稿を書かせている、 ソフトウェア学会とASTECのせいか。 それは僕にもよくわからない。